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1966年東京生まれ。
多摩美術大学デザイン科染織専攻卒業。
94年〜 HBギャラリーで個展開催。
主に装訂、挿絵、イラストを手がけている。
パステルで独特な表現を作り上げた。
これまで取材したプロ

机は未知の世界を作る踏み台です。

パステルには幅広い表現手法があります。細密画やくっきりとした表現はパステルでは難しいとされていますが、マスキングによってシャープな線を出すことができます。柳原パトさんの絵にはオリジナルな工夫が随所にみられ、マスキングが有効に使われています。懐かしさとドラマチックな話に心熱くしました。

・どんなお子さんでしたか?
柳原「都会に住んでいましたが、大人しい子供でした。外ではよく『蚊が鳴くような声』と言われていたぐらいです。内弁慶でしたね」
・絵は描いていた?
柳原「絵は好きでした。マンガのようなものを描いていました。父が油絵を描いていたので、よくその姿を見ていました。幼稚園のときに描いた絵に陰影が付いていたとかで注目されたことがありましたが、父の影響だと思います」
・美術への意識は?
柳原「小学生の頃は写真が好きで、ハーフサイズのカメラで写真を撮るのに熱中していました。中学生のときはバスケをやっていて、美術に専念するということはありませんでした。高校のときファッションに興味を持ち、美大に進んだ姉の影響もあり私も美大に行こうと思いました。ファッション好きな友人の影響もありますが」
・美大で絵の勉強を?
柳原「私が専攻したのはテキスタイルデザインでした。柄を描くための表現の基礎をこの時に学びました。伝統工芸も習いました。でも、純粋に絵が描きたくて、絵のコンペに出品したりしていました」
・パステルとの出会いは?
柳原「大学4年のときですね。スウェーデンに行った際に、文房具屋さんに普通にレンブラントのパステルが置いてあって、驚きました。筆よりもパステルが自分になじむことに気がつきました」
・卒業してすぐにイラストを?
柳原「いいえ、テキスタイルの会社でスカーフの柄をデザインする仕事に就きました。その仕事は自分の個性を生かせないので1年で辞め、デザイン事務所でバイトをしました。イラストマップを制作したり、編集とデザインの仕事に触れていました。映画のコラムの挿絵の仕事をいただき、これは10年近く続きました。これらの仕事が今の私の仕事につながっています」
・パステルの仕事は?
柳原「色々試しながらやっています。パラフィン紙に描いたり、板に描いたりすることで新たな発色を獲得しています。型を作ってマスキングで制作することも自分のオリジナルになっています」
・これからの夢を。
柳原「やりたくてできていない絵本にそろそろチャレンジしたいです。自分の絵が癒しになれたらいいなあと思います。世の中を元気にするような絵が描きたいです」
・ありがとうございました。


*編集部より*
柳原パトさんのサイトがあります。ご覧ください。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/pato/"

「失敗が沢山あったからこそ、続けてこれました」

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