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1984年沖縄県生まれ。2011年東京芸術大学院修士課程日本画修了。
第15回新生展「月刊美術賞」受賞。以降、個展、グループ展、広告などで活躍。
2016年12月画集「ゆうなれば花」出版。
これまで取材したプロ

机は時空を旅する乗り物に近いです。

水彩色鉛筆が持つ魅力はそれほど準備する画材もなく気持を直接ぶつけられるところにあります。水彩色鉛筆をスケッチや下描きに使用することもあります。下図を練るときに使用している中原亜梨沙さんは日本画の技法による独特の世界を築き上げてきました。興味深い話題の連続でこの誌面の狭さを嘆きました。

・幼少の頃のことから。
中原「絵を描くのが好きでノートやチラシの裏に休む暇なく描いていました。取り上げられると、机の下に潜り、机の裏側に絵を描いていたと、母に言われたことがあります。ただ、紙粘土などで造型をするのもお気に入りで、土に近いものから自然の色味を感じ取っていたようです」
・小学校では?
中原「絵の教室に通っていました。賞をもらったりして、人に認められたことがとても嬉しくもっと上達したいと意欲的に絵を描いていました。母が幼稚園の頃からの作品を大切に保管してくれており、感じるところがあり絵を続ける要因になっていますね」
・中学校では?
中原「実は小学生の頃からピアノを習っていたこともあり部活では吹奏楽を選びました。もちろん絵も描いており、学内の行事では美術面で携わっていました。画家になるという発想はなく、絵と関わりのある仕事に就けたらと漠然と思っていました」
・高校で絵の道を?
中原「美術科のある高校に進学しました。ここでは日本画を専攻し、写生の楽しさを感じました。できることだけをやって生きていけたらと、画家を職業にしようと自覚したのはこの頃です」
・大学でも日本画を?
中原「そうですね。高校と違ってまずは、作品のサイズが大きくなりました。対話がしやすいモチーフとして人物を描き続けていましたが、表現したい事はその先の何かだと気がつきました」
・それから画家へ?
中原「大学院を出て、公募展や個展を経験しながら、画家としての道を歩み始めました。モデルを使わないで誰でもない誰かを描き、普遍的な美しさを追求してきました」
・水彩色鉛筆も使う?
中原「水彩色鉛筆は幼い頃、叔母からもらったことがあります。こんなものもあるんだと使い始め、今ではスケッチのときに使ったりしています。自分の気持に即反応できるところが好きです」
・大切にしていることは?
中原「今を生きることを積み重ねていくことです。今できることをすればいい、そう思っています。生きることと死ぬことは永遠のテーマです」
・これからの夢を。
中原「自身の思いを追求しつつ、社会に貢献するというか、潤滑油になりたいですね」
・ありがとうございました。



*編集部より*
中原亜梨沙さんのサイトがあります。ご覧ください。

http://arisa-nakahara.s2.weblife.me


「中原亜梨沙画集 ゆうなれば花」


画集、ジグレーのお問い合わせは下記へお願いいたします。
芸術新聞社:03(5280)9081

「ものの終わりの方が強いエネルギーを感じます。夕日の赤とか枯れかけの植物に惹かれますね。描いているのは人物ですが陶器のようなツルツルとした器として描いています」

「ひらいて、むすんで」
「虹色のぬくもり」
 
「おもかげ」
「ねこ娘」