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1951年東京生まれ。立教大学卒業。PICARO TARO の名前で作品を制作。都会と自然を行き来し、立体・空間を問わず自由なスタイルを展開。アーティスト、イラストレーター。。
これまで取材したプロ

机は自分にとっての想像力の海です。

印刷物を切り貼りする技法としてコラージュが発達しました。そこに絵具をプラスすることにより新しい表現が生まれてきました。これまでにないコラージュには不思議な雰囲気が漂います。真鍋太郎さんがたどり着いた表現世界は、モチーフに対する温かい思いが込められたものになっていました。真鍋さんの豊富な体験が反映された魅力的な世界です。お話しの深さに酔いしれるひとときでした。

・小さい頃のことから。
真鍋「生まれは東京ですが、父の仕事で四国でも生活しました。都会も田舎も体験できたということです。一人っ子ということもあり、いろいろな所に連れて行ってもらいました。今の子どもはオモチャをいっぱい持っていますが、遊び道具をほとんど自分で作らなければいけない環境が、創造性を伸ばしてくれた気がします。自由に絵を楽しみ、技術もないから構えることなく、絵と向き合っていたあの頃の、無垢な自分に戻れたらと思います」
・画家への意識は?
真鍋「もともと好奇心が旺盛だったので、同じことをずっとやっているのではなく、いろんなことに夢中になっていきました。絵も好きでしたが、映画や音楽、演劇などにも興味が向いていましたね。父が画家だったので、絵を描く大変さを見ていましたから、実はホワイトカラーに憧れていました。だから、画家になるつもりなんてなかったということです」
・いつぐらいから絵に?
真鍋「大学は経済を専攻しましたが、学生運動が全盛で学校は崩壊状態。エリートサラリーマンへの憧れも消えていき、勉強よりも世界を見たいという気持ちが強くなっていきました。そして、職人として生きようと思いたったのは、本当にやりたいことでないと、決して仕事として続かないと感じたから。職人の中でもカッコイイ仕事を探し始めましたが、時代はポスターの時代。グラフィックデザインやイラストレーションが気になりました。黒田征太郎さんに弟子入りして、3年ほど修行しました。僕の絵の道が本格的に始まったのは、そこからだと思います」
・なぜコラージュに?
真鍋「当時は、非常にアナログな物づくりの時代でしたから、今から思うとかなり厳しい制約の中で仕事をしていました。あの時代があったから、写真のように描く写実ではなく、自由なスタイルをめざしたのだと思います。雑誌に落書きをしている間に、文字や絵を消したり、新しい線を描くのが楽しくて、コラージュみたいになったというわけです」
・これからは?
真鍋「長い間思っていることは、いつか叶うと思うので、時間をかけてやり続けることが大切ですね。キャラクターを生かした絵本やアニメーションも作りたいので、新しいことにチャレンジし続けます」
・ありがとうございました。

 

 

*編集部より*
真鍋太郎さん×MELROSE claireの
Tシャツ、商品が5月上旬より限定にて
販売中です。
http://www.melrose.co.jp/claire/

「結局は切り抜くのではなくある部分を残すことなんですね」

 
「Cow Knife」
 
「Dancin’Cat」
 
「Elder Dog」