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1940年鹿児島県枕崎市生まれ。二紀展で褒賞、同人賞、会員賞などを受賞。雑誌「Oh!x」「SFマガジン」の表紙絵。現代美術展、日本国際美術展、風の芸術展出品。現在、二紀会会員、日本美術家連盟会員。
これまで取材したプロ

机はイメージとヒラメキの宝庫。

世界中に自然が見せる不思議な風景があります。中でも岩と空だけのトルコのカッパドキアは幻想的な風景を作り上げています。硬いものが見せる魅力は永遠のものがあります。岩や壁といった硬いものを描きながら、そこに生命の暖かさを感じさせる、そんな画家がいます。松葉口忠雄さんは、カッパドキアを題材にイメージを展開しています。絵と共に歩んだそのキャリアが画風を支えているのを実感させていただきました。

・お子さんの頃は?
松葉口「そうですね、マンガが好きで少年雑誌に作品を投稿したりしていました。マンガといっても4コマか1コマのものですけど、とにかくマンガを描いていれば楽しかったのを覚えています。小学校の頃は、他に取り柄もない自分でしたが、担任の先生に絵をほめられてから、絵を描くことで救われる思いがしていました。描くことは、この頃から自分の一部になっていました」
・いつごろからプロを意識した?
松葉口「中学の頃には、イラストやレタリングを通信教育で学ぶようになっていました。とにかく描くことが好きで、プロとしてやっていきたいといういう希望がありました。父親が戦死したため、母の手一つで育てられました。その母に、高校の頃に絵をやりたいと伝えましたが、母はなりたいものになれ、と言ってくれました」
・反対はされなかった?
松葉口「最初は絵は女がやるものとか、言われましたが三男でしたし、好きにさせてくれたのだと思います」
・画家になったきっかけは?
松葉口「高校を出て、印刷会社のデザイナーをしているとき、あるコンクールでできた人脈で講談社で仕事をするようになりました。ここでの4年間は本当に学ぶことが多かったと思っています。その後フリーになり、表紙のデザインなどをしていましたが、油絵に触れる機会があり、油絵を学び始めました。ここから画家への道は始まったと言えますね」
・プロとしては順調に?
松葉口「二紀会の研究所を経て指導スタッフになり、本の表紙で描いた作品で個展を開いた頃からです。私は、かなり人に恵まれてここまできました。それほど大きな壁もなく、何とかやってこれたのも人のおかげだと思っています」
・硬質な岩を描くのは?
松葉口「私は一度カッパドキアに行きましたが、そこでの衝撃は今でも強く残っています。そこを題材とするのは自分のイメージが作りやすいからです。描いているのは自分のイメージの世界です。しかし、私の頭の中には実在するものです」
・これからのことを。
松葉口「故郷と関わっていたいですね。それと70歳を過ぎると本当の絵が描けると言われます。それが楽しみです」
・ありがとうございました。

 

「砂を混ぜて材質感を出しています。」

 
「風韻」第62回二紀展 会員賞
 
「絆(家族)」
 
「びんた(家族)」