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1947年京都府生まれ。75年第1回個展。以後個展で作品を発表。82年銀座「文藝春秋画廊」にて個展。90年記念切手の図案を手がける。
現在、ガッシュ画会を主催している。  
これまで取材したプロ

愛着のある製図机は安らぎの場。

不透明水彩(ガッシュ)は、色を塗り重ねると下の色が隠されるのが、一般的な特徴です。しかし、こうした絵具には多くの可能性があります。ガッシュの超人的な技法を生み出した船本清司さんの作品は、ガッシュだからこその美しさが極限まで追求されています。東京に来られた折り、ご多忙中、取材に応じていただきました。すっかり、ファンになってしまいました。

・どんな少年時代を?
船本「野山を駆けめぐっていました」
・絵などには興味がなかった?
船本「いえいえ、小学校6年のときに、すでに画家を志していました。家業は寿司屋でしたから、環境がそうさせたのではなく、図書館で美術作品集を見るのが好きでしたので、それが大きかったです。作品集は文字嫌いの自分には、文字が少なくて入りやすかった。ただ、決定的だったのは読書感想文に柿右衛門の伝記を選んだのですが、その中に色を見つけたときの喜びが書かれていて、強い印象を受けました。それが、画家を志す動機と言えますね」
・それから絵の勉強を?
船本「画家になろうと志を持ちましたが、絵を学んだということはありませんでした。落書きぐらいはしていましたが。高校を卒業する時に、初めて絵の道を考えました。しかし、勧められる美大への道ではなく、専門学校のグラフィックの道を選びました。そこでイラストも学びました」
・卒業後は?
船本「デザイン会社でグラフィックの仕事をしていましたが、ハッピーでないときにもハッピーに描かなくてはいけない仕事が嫌になって、独立して作家になろうと思いました。個展をとにかくすることにしました。25歳の時ですね。そのときに何を描いたらよいか、その一端が見えてきた気がします」
・それでガッシュを?
船本「水彩は前からやっていたのですが、新しい水彩の表現ができないか、試行錯誤をしていました。ターナーの作品を見ていて、こんなにあっさりとしていていいんだと、気がつきました。それで、吹っ切れた。ウォッシングとニジミという技法を確立できました」
・ガッシュの面白さは?
船本「ガッシュ画は、物を描くのではなく、感じることだと思うのです。それには、描きながら絵がどんどん変わっていくガッシュでなければと思っています。自分の思っている色が出せるガッシュは魅力的です」
・これからのことを。
船本「今、陶芸もやっていますが、最後まで描くことにあがき続けたいです。気力の続く限り制作し続けます」
・ありがとうございました。

 

*編集部より*
船本清司さんのHPがあります。ご覧ください。
http://www.geocities.jp/seijigouache/

大阪のアトリエ以外でもNHK大阪文化センター、リーガロイヤルホテル、ホテルオークラ神戸、NHK文化センター青山、ホテルオークラ(虎ノ門)、朝日カルチャーセンター(新宿)にて、ガッシュ画の講座をされています。

 

「描いては水に濡らし、その上に色をかけて行きます」

 

「プレゼントも用意して」

 

「船出の時」

 

「風なごみ」