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1960年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン科卒。卒業後約2年半テキスタイルの企画・デザインの仕事をし、退社後フリーに。ドリカムの「WINTER SONG 」CD表紙担当。  
これまで取材したプロ

最も集中できる自作の机。

パステルはもともとソフトなイメージを表現するのが得意な画材。しかし、本当にそれを生かした表現となるとなかなか難しいものです。直接指で着彩するため描く人の性格が表れると言われています。その通り、谷口周郎さんは柔和な人柄そのものでした。人気絶頂の谷口作品の魅力に迫りたくてお宅を訪問しました。

・元気な少年でしたか?
谷口「喘息を持っていたため、体が弱かったです。3歳から20歳ぐらいまで、病院の症例になるぐらいひどい喘息でした。学校も喘息が出ると2週間ほど休むことになります。そのため、内向的な少年でしたね」
・それで、絵を描いていた?
谷口「いやそれほど、熱中して描くというほどではなかったですよ。ただ、物心が付いてきたころには、絵を描く人、絵本を描く人を意識するようになっていました。将来なれたらいいなあ、と」
・美大からプロへ?
谷口「大学ではデザインを学びました。卒業後、大阪のテキスタイルの会社に2年半ほど勤務しました。その間絵が描きたくて、当時活躍しているイラストレーターの先生が指導するイラスト教室に通いました。そこで指導を受けるたびに、自分の絵がどんどん変わっていくのが分かりました。先生の中に安西水丸さんがいて、お前は将来イラストレーターになれるよ、と言われたのが自信になりましたね。ただ、後で分かったのですが、それは皆も言われていたことでした(笑)」
・大阪から東京へは?
谷口「イラストをやるならイラストレーターや仕事が多い東京だと思っていました。フリーになった年に、北海道旅行に行きその帰り東京へ。1カ月間ほど売り込み活動をし、その甲斐あって、雑誌2誌から仕事の依頼がありました。ペンとインク、そして水彩で描いてました」
・パステルには?
谷口「使ってみて、自分の性格に合っているということと、自分の思っている世界が表現できるということで、制作に取り入れました。もう20年も使っていますよ。直接指で描くために、指紋が無くなってしまいました。忙しいときは、皮が薄くなって血がにじむこともあります。それでも、やっぱりパステルから離れられません」
・パステルの他には?
谷口「パステルは細かいところを描くのが苦手。前は大きく描いて印刷で縮小するという方法でしたが、最近はパステルで描ききれないところは、アクリルガッシュを使っています」
・これからの夢を。
谷口「とりあえず、ずっと現役で絵が描ければ最高です。音楽が趣味なので、音楽とコラボすることも多く、これからも音楽活動は続けたいですね」
・ありがとうございました。

 

*編集部より*
谷口周郎さんのHPがあります。ご覧ください。
http://home.catv.ne.jp/nn/shuro/

 

 

「アイディアを定着させるまでが時間がかかりますが、描き上げるのは早いですよ」

 
 

「光の法則−対話」