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1961年京都生まれ。 83年京都精華大学美術学部洋画科卒業。 89年よりフリーのイラストレーターに。 93年ギャラリ−スプ−ン(大阪)にて初展覧会。 雑誌、本の表紙などで活躍中。  
これまで取材したプロ

机は家族の何でもする場所だった。

色鉛筆は使うだけで、人の心を暖かくしてくれます。しかし、線描の画材として極めるのはなかなかの難しさと、根気が必要です。ていねいな描き込みは絵を隅から隅まで見させてしまう力があります。わたなべさとこさんの絵は包んでくれるような優しさを持っています。仕事場の引っ越しの直前にも関わらず、ウサギのふーこちゃんと一緒に取材に応じていただきました。

・絵は子どもの頃から?
わたなべ「母に言わせると、小さいころは『窓際のトットちゃん』(黒柳徹子著)みたいだったとか。いつも何をしても、他のことに意識が飛んでいたみたいです。絵とか工作は大好きで、時間を気にせず描いていました。運動が苦手ということもあったかな。鉛筆とかクレヨンという画材が家にあって『きいち』の塗り絵に没頭していました。友だちも集まって、色を塗っては着せ替え人形で遊んでいました」
・絵の専門の道へは?
わたなべ「中学の時は工業デザイナーに憧れていました。ステーショナリーのようなものを作りたい、といった立体に意識がいっていた気がします。高校の頃になって、近所の洋画家さんの所に通い、デッサンを学びました。その影響があって大学で洋画を専攻しました。大学では自由にいろいろ学べる時代でしたので銅版画、リトグラフ、シルクなど版画を平行して学びました」
・就職のことを。
わたなべ「京都の和菓子の老舗の企画部門に就職しました。ここでは、グラフィック、パッケージ、ディスプレイを5人で試行錯誤しながらやっていましたね。その後結婚して神戸へ。部屋が狭く洋画はしばらく中断しました」
・何でイラストへ
わたなべ「8歳のときに人に誘われてイラストのグループ展に出品しました。この時の作品は、アクリル画。しかし、あの乾燥の速さについていかれず、自分には向いていないことを知り、身近にあった色鉛筆を使用することにしました。それからですね、色鉛筆でイラストを描き始めたのは」
・東京に来られたきっかけは?
わたなべ「阪神大震災にあい自宅が倒壊し、これを機に東京に引っ越ししました。私は、これまで関西でのみ個展を開いてきましたが『イラストレーション』に掲載されて仕事が来るようになりました」
・色鉛筆はどのように?
わたなべ「基底材はクレセントボードです。着彩には色鉛筆を9割、パステル1割の割合で使っています。広い面積にはパステルで下地を作り、その上に色鉛筆で重ね塗りをします。色を出すために何色も重ねます。色鉛筆で絵本を出すのが夢です」
・ありがとうございました。

 

「力を入れずに何度も重ねて濃くします。」

 
「オリジナル作品」
 
「文部科学省ポスター」
 
「さんびきのこぶた」グリコ ミニ絵本